婚姻費用や養育費は,裁判所が作成した算定表を参考にして決めることが多いですが,その際基準となるのがお互いの収入です。
しかしながら,ご相談者の夫のように,自身で会社を経営している場合,収入をコントロールできる立場にあることから,会社の業績に関係なく意図的に収入を低くすることが可能です。
収入を減らすべき事情がないにもかかわらず婚姻費用や養育費の額を低く抑える目的で故意に収入を低くしている場合,この低い収入を基準として婚姻費用や養育費を定めることに合理性があるとはいえないでしょう。
そこで,このような場合は,現実の収入を基準とするのではなく,収入を擬制して婚姻費用や養育費を定めるのが公平であると考えられます。
以下,具体的に見て行きましょう。
なお,裁判所の算定表についてもっとお知りになりたい場合は,裁判所の下記サイトをご参照ください。
平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について
まず,裁判で実際に争われたケースについて見て行きましょう。
(大阪高裁平成19年3月30日決定)
事案は,会社の株式の過半数を有する実質的経営者として,自らの報酬額を決定できる立場にあった夫(義務者)が,婚姻費用調停の第1回期日前後と同調停が不成立となり審判手続に移行した直後に報酬を減額したケースです。
裁判所は,2回の報酬の減額は,婚姻費用の分担額を低額に抑えようとする目的でなされたものと推認し,減額前の収入を基準として婚姻費用を定めるべきとしました。
上記裁判例は,婚姻費用に関するものですが,養育費についても同様の考え方が当てはまると考えられます。
裁判所の考え方は,収入の金額をコントロールできる立場にある者が,収入を減らすべき事情がないにもかかわらず収入を低くしている場合,それは婚姻費用や養育費の分担額を低額に抑えようとする目的でなされたものと推認し,婚姻費用や養育費を定める際には,現実の収入ではなく,実態に合致した擬制した収入を基準として定めるべきとするものです。
ご相談者の場合も,夫は経営者として収入の金額をコントロールできる立場にある者といえます。
そして,同居中は毎月かなりの役員報酬を得ていたにもかかわらず,別居した途端,役員報酬をほとんど受け取っていないというものであり,時期的な状況から考えると,婚姻費用や養育費の分担額を低額に抑えようとする目的で収入の減額がなされた疑いがあります。
そのため,夫に対しては,税務申告書や決算書など会社の業績が低下したことを明らかにする資料の提出を求めるなどして,本当に収入を減らすべき事情があるのかどうかを確認すべきです。
そして,もし夫が収入を減らすべき事情を明らかにできない場合は,現実の収入ではなく,減収前の収入など実態に合致した収入を基準として婚姻費用や養育費を定めるべきだと主張すべきでしょう。
婚姻費用や養育費は,現実の収入を基準として定めるのが通常ですが,上記のように,擬制した収入を基準として定めるのが適当なケースも存在します。
ご相談のケースは,義務者(夫)自身が収入の金額を決定できる立場にある場合ですが,父親や母親等の親族が経営する会社から役員報酬や給与を得ている場合など決定権はなくても,実質的には収入をコントロールできる場合があります。
このような場合でも,婚姻費用や養育費の分担額を低額に抑えようとする目的で収入を低くしているといえるときは,やはり現実の収入ではなく,減収前の収入など実態に合致した収入を基準として婚姻費用や養育費を定めるべきだと考えられます。
婚姻費用や養育費は, ご自身やお子様の生活の安定やお子様の健全な育成のため重要なものです。
当事者で話し合いができないのであれば,弁護士に委任する,家庭裁判所に調停を申し立てるなどできる限り第三者が関与する形で交渉を進めるのがよいでしょう。
将来的にやっぱり請求しておけばよかったと後悔しないよう諦める前に一度は弁護士に相談してみてください。